『新バッハ全集』刊行完了 (07年6月)


 18世紀ドイツの作曲家J・S・バッハの作品は現在、1000曲余りが伝承されています。そのすべてを厳密に校訂し、楽譜として出版する大事業 --『新バッハ全集』の刊行が完了し、2007年6月13日に完了記念式典(および記者会見)がライプツィヒで催されました。

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『新バッハ全集』2007年に刊行完了-- 古楽運動を支えて57年

 この全集は、百巻を超える楽譜それぞれに校訂の詳細を記した報告書が付き、さらに補巻と資料集とが加わる大部な構成です。名称に「新」の冠が付くのは、19世紀に刊行された旧『バッハ全集』が存在するため。この旧全集には問題点が多く、その自覚が新たな全集を刊行する大きな動機となりました。また第二次大戦で文化財に甚大な被害を被ったドイツでは、文化遺産の保存に対する気運も高まっていたようです。

 1950年に出版が企画され、1951年に西独ゲッティンゲンのバッハ研究所が校訂作業を開始。東独ライプツィヒのバッハ資料館が1953年に作業に加わり、1954年に全集の刊行が始まりました。6年で出版を終える予定でしたが、作業量の見込みが増えるにつれ延長が重ねられました。そして企画から57年を経た2007年、音楽学をリードして来た大事業に、ようやく終止符が打たれることとなったのです。

 刊行にこれほど時間がかかったのも楽譜校訂に厳密な方法を採用したため。紙の透かし模様や筆跡を調査する古文書学、資料の系譜を調査する文献学により、念入りに校訂作業が行われました。その結果、時間と引き換えに大きな成果があがったこともまた事実です。

 たとえば、カンタータ80番<我らが神は堅き砦>は、旧全集ではオーケストラにトランペットとティンパニが加えられていました。しかし研究の結果、両パートはバッハの長男により後に付加されたことが分かり、『新バッハ全集』ではこれら二つの楽器が取り除かれています。トランペットとティンパニにより賑々しく奏でられていたカンタータが一転、バッハの想定していた落ち着いた響きを取り戻したというわけです。

 このような例を通して分かるのは、『新バッハ全集』が「古楽運動」と軌を一つにしていたということ。演奏習慣の研究から作曲当時の響きを再現しようとする古楽は、『新バッハ全集』のような厳密な楽譜校訂の成果に大きく触発された音楽運動だったと言えましょう。レオンハルトアーノンクール古楽のバッハ演奏に大きな足跡を残しています。楽譜校訂者の一人で明治学院大学教授の樋口隆一さんは式典後のパーティーで、「『新バッハ全集』は古楽運動を陰で支えつつ、ともに新しいバッハ像を提示することに貢献しました」と話してくれました。

 完結を見た『新バッハ全集』の今後について、ライプツィヒ・バッハ資料館館長のクリストフ・ヴォルフさんは次のように明言しています。「『新バッハ全集』は一応の完了を迎えましたが、新たな研究成果があがれば更新されます。つまりバッハ研究が続く限り『新バッハ全集』に真の終わりはないということです。」戦後の音楽学をリードし、古楽運動を支えた『新バッハ全集』。その「完結」を言祝ぎつつ、最近中部ドイツで続くバッハ関連資料の新発見の動向や、楽譜の電子化・インターネット公開といった今後の展開からも目を離すことができません。

写真:Bach-Archiv Leipzig(ボーゼハウス)