中野振一郎さん


 『中野振一郎チェンバロ大全』という意欲的なコンサートシリーズが、4月から始まります。4回に分けて18世紀チェンバロ音楽の粋を聴かせるシリーズで、4月11日(上野・東京文化会館)の第1回は「J・S・バッハのチェンバロ協奏曲」。わたくしの学位論文の対象楽曲もプログラムに含まれていて、個人的に大変に楽しみな演奏会です。
 昨年の夏に、バッハのチェンバロ協奏曲に関連するインタビューをしましたので、以下、その内容をみなさんに紹介します。

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 チェンバロの中野振一郎が、フォルテピアノの高田泰治とデュオを組み、ユニークな演奏活動を展開している。チェンバロフォルテピアノ、この不思議な編成の魅力を2人に聞いた。
 「きっかけは18世紀のライプツィヒ、カフェ・ツィンマーマンで行われたバッハの演奏会シリーズなんです。このコンサートでは1台から4台の鍵盤楽器のための協奏曲が演奏されました。以前の学説では、バッハはフォルテピアノが嫌いだったとされていましたが、最近の研究では、バッハもフォルテピアノに強い関心を持っていたと考えるようになってきています。『カフェ・ツィンマーマンにて新型チェンバロを披露』という当時の記事が残っていて、それは新しい意匠のチェンバロだったとも、新型楽器フォルテピアノだったとも考えられます。18世紀の初めは、完成された楽器のチェンバロと、発展途上のフォルテピアノとがオーバーラップした時代だったのです。」
 音楽史への眼差しを忘れず、それを自分の演奏につなげていく中野の姿勢はここでも一貫している。音楽の面ではどんな特徴があるのだろうか。
 「チェンバロフォルテピアノはかたちは似ているけれど、発音機構やそれぞれの美意識は全く異なっています。例えば、バッハの2台のチェンバロのための協奏曲をチェンバロフォルテピアノで演奏してみる。そんなことしたらバラバラになるんじゃないかと心配する声もあります。いろいろと試した経験からすると、違った世界が立体的に現れると言う方が良いですね。
 それに、複数の鍵盤楽器の演奏ってちょっとコミカルですよね。こう言うと言いすぎかもしれないけど、他の室内楽の編成、たとえば弦楽四重奏などが持つシリアスな感じとちょっと違う。連弾なんかを思い浮かべていただけると分かりやすい。僕らみたいなおっさん二人が、(高田の方を向き)おっさん言うてごめんなぁ、くっついて演奏する姿にはなんとも言えない『おかしみ』もあるでしょう。それから、この種の音楽は演奏者自身も楽しいんです。大バッハの『ゴルトベルク変奏曲』なんかと対照的だと思います。『ゴルトベルク』では、演奏者はひとりで忍耐し、精神の高みを目指していくイメージ。2台の鍵盤楽器のための音楽にはそういうシリアスさはないですね。」
 チェンバロフォルテピアノの魅力を巧みに説明する中野。それに対して静かに耳を傾けてきた高田が、最後にデュオの楽しみをそっと教えてくれた。
 「チェンバロフォルテピアノがどう応えていくか、本番でのファンタジーがとても刺激的。二つの楽器の調和を目指すのも1つのあり方ですが、むしろチェンバロに『対抗意識』で応えていくことが多いですね。」
 このデュオの魅力は、チェンバロフォルテピアノの対照性だけでなく、表現力豊かな中野と、静かに闘志を燃やす高田のキャラクターの対照性にもあるのだ。もしかするとバッハも、息子や弟子たちとこんなデュオを組んで演奏を楽しんでいたかもしれない。
(2007年7月)
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 中野振一郎(なかのしんいちろう・チェンバロ):京都生まれ。国内だけでなく、ヴェルサイユ古楽祭、バークレー古楽祭、ライプツィヒ・バッハ音楽祭など海外の音楽祭でも活躍。コレギウム・ムジクム・テレマンを率いるディレクターとしても広く力量を認められている。

 高田泰治(たかたたいじ・フォルテピアノ):チェンバロフォルテピアノ、ピアノを引き分ける鍵盤楽器奏者。中野振一郎にチェンバロ奏法、延原武春に室内楽と18世紀の音楽語法を学ぶ。「個々の楽器の特質を探求する」姿勢により、演奏に深みを加えつつある期待の若手。

 ■CD「中野振一郎・高田泰治/デュエット チェンバロフォルテピアノのための作品集」¥3,060 Musica Humana MH-1227