楽器が教えるいくつかのこと


 高田泰治さんの演奏会(と打ち上げ[ドンペリ付き!])に参加して、「楽器が教えてくれること」のいくつかについて考えを深めました。楽器の構造に関して多少、専門用語がでてきますが、無視して読み進めても大過ありません。ご安心下さい。

(1)演奏会で使用された楽器は、1781年にアントン・ヴァルターが製作し、翌年モーツァルトが購入した楽器のレプリカです。「1781年製ヴァルター=モーツァルト・ピアノ」はその来歴により、いくつかのヴァージョンに分類できます。昨晩のヴァルター=モーツァルト・ピアノは下記のうち、ヴァージョンIII にあたります。

I. 1781年ヴァルター製作時
 (エスケープメント無し)
II. 1782年モーツァルト購入後
 (バックチェックなし、ハンマーヘッド大)
III. 1810年モーツァルトの死後コンスタンツェの依頼で大改修
 (ヴァルターの独自アクション+膝レバー

(2)ヴァージョンII の特徴:ハンマーヘッドが大きく敏捷さに欠けるが、音色の重さや渋さが強調される。ヴァージョンIII の特徴:バックチェックがありハンマーヘッドが小さいので運動性能が高く、軽く華やかな音色。ヴァージョンIII で可能な早いパッセージも、ヴァージョンII では物理的に不可能な場合があります。楽器(しかも同じ楽器の改造来歴)によって楽曲の解釈(この場合は速さ)が規定される典型的な例が示されています。

(3)ヴァージョンの選択によって、そこに再現される「音楽的時空間」もまた変化します。ヴァージョンII を演奏会で用いればモーツァルト自身が想定した聴空間(の片鱗)が演奏会場に立ち現れるでしょう。一方、ヴァージョンIII を用いれば19世紀初頭の聴衆が経験した聴空間が立ち現れるはずです。つまり楽器選択に際して、「モーツァルトの想定した楽器が正しい」という単純な正統性の主張はもはや空しいのです。その楽器を用いてどんな聴空間を実現したいか、という演奏者の積極的な「設え」こそが楽器選択の唯一の基準です(その基準はもちろん、モダン楽器の選択を妨げません)。

(写真:ニュルンベルク・ゲルマン博物館)